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2005.01.17 Monday
兵庫県南部地震
あの日から10年になる。
地震というものは止めることができない。 そして、それを利用して我々は暮らしているし、その被害も受ける。 狭い土地にひしめき合う住宅。助け合えない隣近所。流れる流言、策定できなかった防災計画。十分な情報もなく逃げまどう人々。 今振り替えれば、関西で地震がないと断言していたあの頃の人たちが無性に愚かに感じてしまう。 目の前にある、山、川、水。それらがすべて地震活動が遠因で生み出されているものであるという事実を見ないで、都合の良いように解釈してきた私たちに天からの罰が与えられたように感じてしまう。 自分たちの足下にある自然はいったい何が作ったのかを考えれば、今自分たちが営むべき生活とはいかなるものかがきっとわかるはず。 遠いときか近いときかはわからなくとも、1日1日近づく、日本全国を灰で埋め尽くすだろう噴火災害、日本列島を今も形作っている地震活動、降雨、浸食、堆積活動。恩恵を受けることもあれば、被害を受けることもある。 噴火活動は嫌いといいながら、必死になって温泉を探し当てようとする人間。 都合のいいところだけ取りがちであるが、必ずしもそればかりでないことを私たちは今一度振り返る必要があるのではないだろうか? ここに1つの決意をして、今後世の中の人の災害に対する関心が薄れないことを祈るのみです。 薄れたときに待っているのは、”絶望”であるのだから 震災当日のかわらさんのブログ |
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